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ダダイズム

ダダイスム / ダダ / Dada / Dadaism
2026-09-11 add 956字

1910年代半ばに起こった芸術思想・芸術運動。第一次世界大戦への抵抗と、戦争がもたらしたニヒリズムを背景に、理性や秩序、既存の芸術の価値観そのものを否定した。ナンセンス、偶然、衝撃を積極的に用い、音声詩、コラージュ、フォトモンタージュ、レディメイドなど新しい表現を生んだ。1916年にスイスのチューリッヒで始まり、ベルリン3、パリ、ニューヨーク5など各地に広がった。

名前の由来

「ダダ」という名の由来ははっきりしていない。辞書から適当に選んだ単語だったとも言われ、リヒャルト・ヒュルゼンベックが仏独辞典にペーパーナイフを突き立て、フランス5語で「木馬(おもちゃの馬)」を意味する dada に行き当たったという話が伝わる。ほかに、幼児語のような響きや、特定の言語に属さない中立性が、国際的な運動にふさわしかったという説明もある。

チューリッヒでの誕生

1916年、フーゴ・バルとエミー・ヘニングスがチューリッヒにキャバレー・ヴォルテールを開き、ここが運動の拠点となった。トリスタン・ツァラ、ハンス(ジャン)・アルプ、マルセル・ヤンコらが加わり、朗読や音声詩のパフォーマンス5を繰り広げた。バルは1916年7月14日にダダ宣言を発表し、ツァラも1918年に影響力のある宣言を出した。

各地のダダ

  • ベルリン — 政治色が強く、フォトモンタージュが発達した
  • ニューヨーク — マルセル・デュシャン2らが理論的な実験を行った。デュシャンの『泉』は、既製品をそのまま作品とする「レディメイド」の代表例として知られる
  • パリ — 1924年ごろまでにシュルレアリスムへと吸収された
  • ハノーファー など、ほかの都市でも独自の展開があった

その後と日本

1920年代半ばまでに、ダダの破壊的なエネルギー3は多くがシュルレアリスムへと受け継がれた。その後の前衛芸術やポストモダン、カルチャー・ジャミングなどにも影響を残している。日本では詩人の高橋新吉や辻潤らがダダを紹介・実践し、1923年から1925年にかけて活動した美術グループ「MAVO」もその流れに位置づけられる。

要確認

  • 名前の由来の諸説のうち、どれが有力とされているか
  • キャバレー・ヴォルテールの開店日(1916年2月とする資料がある)
  • ツァラがパリへ移った時期

参照

言及
なし
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