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今和次郎

こんわじろう / Wajiro Kon
2026-09-11 add 822字 person

日本の建築学者・民俗学者(1888〜1973)。農村の民家の調査から出発し、関東大震災後の東京で、街を行き交う人々の服装や持ち物、振る舞いなどを観察して記録する「考現学」を提唱した。のちに人々の暮らしそのものを研究する「生活学」を唱え、日本生活学会の初代会長を務めた。

経歴

1888年7月10日、青森県弘前市生まれ。1912年に東京美術学校図按科を卒業し、早稲田大学建築学科の助手、講師、助教授を経て1920年に教授となり、1959年まで務めた。1973年10月27日死去。医学者の今裕は叔父、銅版画家の今純三は弟にあたる。

民家研究

1917年に民家を研究する会「白茅会」に参加し、民家調査の最初の報告書となる『民家図集 第一輯 埼玉県』(1918年)の作成に関わった。各地の民家を歩いて調べた成果は、『日本の民家 田園生活者の住家』(1922年)にまとめられている。

考現学

1923年の関東大震災の後、銀座で「バラック装飾社」を興した。1925年には吉田謙吉らとともに銀座の街頭で初めての考現学の調査を行い、その結果を「1925年初夏東京銀座街風俗記録」として『婦人公論』7月号に発表した。その後も、丸ビルで買い物をする若い女性の行動記録や、新婚夫婦の家財道具一式の調査など、同時代の世相風俗をさまざまな角度から調べた。1927年に「考現学」を提唱し、1930年に『モデルノロヂオ(考現学)』を刊行した。

生活学と資料

晩年は、人々の暮らしを研究する生活学を提唱した。1972年9月29日、竹内芳太郎、梅棹忠夫、川添登、吉阪隆正、加藤秀俊、宮本常一、林雄二郎らとともに日本生活学会を設立し、初代会長となった。

自宅の書斎に残されていた資料や蔵書(約6,000点)は、1984年から工学院大学図書館が保管している。

要確認

  • 白茅会の設立の経緯と、柳田國男ら中心人物との関係
  • 「考現学」という語を初めて用いた文献
  • 服装研究の具体的な内容と主な著作

参照

言及
なし
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