ヒルベルトの無限ホテル
無限に多くの部屋を持つ架空のホテルを使って、無限集合の直観に反する性質を示す思考実験。部屋がすべて埋まっている満室のホテルでも、客を一斉に隣の部屋へずらせば新しい客を泊めることができ、無限に多くの新客が来ても同じように受け入れられる。有限の世界では成り立つ「全体は部分より大きい」「満室ならもう入れない」という感覚が、無限の世界では通用しないことを具体的な場面で見せる。論理的な矛盾があるわけではなく、直観に反するという意味での「パラドックス」である。数学者ダフィット・ヒルベルトが1924年の講義で語ったものとされ、1947年にジョージ・ガモフの一般向け書籍で紹介されて広く知られるようになった。
ホテルでの操作
ホテルには1号室、2号室、3号室……と自然数の番号が振られた部屋が無限にあり、すべてに客が泊まっているとする。
- 客が1人来た場合 支配人は全員に「今の部屋番号に1を足した部屋へ移ってください」と頼む。n号室の客はn+1号室へ移り、空いた1号室に新しい客が入る。追い出される客は1人もいない
- 無限に多くの客(1人目、2人目、3人目……)が来た場合 全員に「今の部屋番号の2倍の部屋へ移ってください」と頼む。既存の客は偶数号室に収まり、無限にある奇数号室が空くので、そこに新しい客を順に入れる
- 新しい客を無限人乗せたバスが無限台来た場合 素数を使った割り当て(n号室の既存客は2ⁿ号室へ、1台目のバスのn番目の客は3ⁿ号室へ、2台目は5ⁿ号室へ……と、それぞれ異なる素数のべき乗の部屋に振り分ける)などで、やはり全員を収容できる。空き部屋が大量に残る点も含めて、無限の奇妙さを示す例としてよく使われる
数学的な意味
ここで起きていることは、無限集合とそれ自身の一部とのあいだに一対一の対応がつけられる、という事実である。自然数全体と「2以上の自然数」、あるいは自然数全体と偶数全体は、ともにぴったり過不足なく対応づけられる。ゲオルク・カントールの集合論では、一対一対応がつく集合どうしを「濃度が等しい」とみなすので、これらはすべて同じ大きさの無限(可算無限)ということになる。リヒャルト・デデキントは逆に、この性質(真部分集合と一対一対応がつくこと)を無限集合の定義として採用した。
一方で、このホテルにも泊められない客の集団がある。たとえば実数全体のように、自然数と一対一対応がつかない「非可算」な集合の客は、どう並べ替えても部屋番号を割り振りきれない。これはカントールの対角線論法が示す結果で、無限にも大きさの違いがあることを示している。ホテルの寓話は、可算無限という概念の性質を説明する入口として教育的によく用いられる。
成立の経緯
この話は長く出典がはっきりしなかった。ヒルベルトの1925年の講演「無限について(Über das Unendliche)」を出典とする記述も見られるが、1926年に刊行されたその講演の本文にはホテルの話は含まれていない。科学史家ヘルゲ・クラーフの調査によれば、ヒルベルトは1924年1月のゲッティンゲンでの講義でこのホテルを持ち出したが、論文としては発表しなかった。講義記録が後年になって刊行されたことで、ヒルベルト自身が語っていたことが確認できるようになった。
一般に知られるようになったのは、ガモフが1947年の著書『One Two Three... Infinity』(邦題『1, 2, 3…無限大』)でこの話を紹介してからである。ガモフは出典としてリヒャルト・クーラントの未刊の「ヒルベルト逸話集」を挙げている。ガモフは1920年代後半にゲッティンゲンに滞在しており、そこでこの話を耳にした可能性が指摘されている。
哲学・宇宙論での利用
1970年代以降、この思考実験は数学の外でも使われるようになった。特に、宇宙の過去が無限に続くことはありえないと論じる立場では、「現実に無限個のものが存在すると仮定すると、このホテルのような不条理が生じる」という形で、実無限の存在を否定する論拠として引かれてきた。これに対しては、直観に反することと論理的に不可能であることは別だ、という反論がある。
要確認
- ヒルベルトが話をした1924年1月の講義の正式な題目、および講義記録が収録された刊行物の詳細(クラーフの論文と、ヒルベルトの論理・算術基礎論講義を集成した資料集の該当箇所を直接確認できていない)
- ガモフのゲッティンゲン滞在の正確な時期(1928年夏とする記述が多いが、一次資料での確認はしていない)
- 神学・宗教哲学での具体的な利用者(ウィリアム・レーン・クレイグによるカラーム宇宙論的論証が代表例として知られるが、今回の調査では典拠を確認していない)